強制退院

目次

1.強制退院の可否

Case
①順調に回復し入院の必要がなくなったにもかかわらず退院に応じない入院患者がいます。どのように対応を行えばよいでしょうか。強制的に退院させることは可能でしょうか。②必要もないのにナースコールを繰り返す入院患者がいます。どのように対応を行えばよいでしょうか。強制的に退院させることは可能でしょうか。

(1)(入院を伴う)診療契約の終了

医療機関と患者との間には契約関係があり、従来の通説によれば準委任契約(民法656条)が成立していると考えられています(準委任契約と捉えず、診療契約という一種の無名契約と解釈する有力説もあります。)。民法上、準委任契約については、各当事者がいつでもその解除をすることができるとされているため(民法656条・651条1項)、医療機関側が退院を勧告することで、(入院を伴う)診療契約について解除の意思表示を行うこと自体は可能と考えられます。

岐阜地判平成20年4月10日医療判例解説20巻68頁
【事案の概要】X(原告)が、Xが運営する病院において、急性心筋梗塞の治療の際、医師の過失により損害を被ったとして5年以上にわたり入院したまま退去しない患者Y(被告)に対し、入院契約が終了したとして病院からの退去などを求めた事案【要旨】
「入院を伴う診療契約は、病院の入院患者用施設を利用して、患者の病状が、通院可能な程度にまで回復するように、治療に努めることを目的とした私法上の契約であり、医師が、患者の病状が、通院可能な程度にまで治癒したと診断した場合に、同診断に基づき病院から患者に対し退院すべき旨の意思表示があったときは、医師の上記診断が医療的裁量を逸脱した不合理なものであるなどの特段の事由が認められない限り、入院を伴う診療契約は終了し、患者は速やかに入院患者用施設である病室から退去する義務を負うものと解される。上記入院を伴う診療契約の終了と患者の退去義務は、同契約の性質上当然のこととして、契約当事者の合理的意思解釈により、同契約の内容となっていると解すべきである。」

(2)応招義務との関係

民法上、医療機関から患者に対する退院すべき旨の意思表示により、診療契約が終了し、患者が退去義務を負うとしても、医師には応招義務があるところ強制退院は診療拒絶の一場面といえるため、強制退院させることは応招義務に該当するのではないかが問題となります。

医師法19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」として、医師に応招義務を課しています。

そのため、医療機関から患者に対して退院を勧告したとしても、患者が退院を拒んだ場合には、「正当な事由」がなければ退院を強制することはできません。

この点、「正当な事由」があるか否かは、個別具体的な事情に基づき判断する必要がありますが、Case①のように入院加療の必要がなくなった場合には、「正当な事由」があるとされるのが通常と考えれます。

他方で、Case②のように、患者の問題行動を理由として退院を勧告する場合には、入院加療の必要性の程度、当該患者による迷惑行為の程度、転院先確保等の代替措置の有無等を総合的に考慮して、個別具体的に判断する必要があります。

判断にあたっては、裁判例の分析等が必要不可欠となりますので、弁護士に相談することを推奨いたします。

2.具体的な方法

(1)自力救済の禁止

「正当な事由」が認められて強制退院が可能な場合であっても、医療機関自らの手で強制的に退院させることは禁じられています(自力救済の禁止)。

そのため、退院を実現するためには、後述(2)のとおり入院患者との話し合いによって自主的に退院してもらうか、後述(3)以下の法的手続によって強制的に退院させる必要があります。

(2)交渉・調停

まずは、医療機関と入院患者との間で直接話し合うことが考えられますが、当事者間で合意に至らない場合には、裁判所の調停手続きを利用することが考えれます。

調停に応じること自体は強制ではないものの、調停を申し立てて合意が成立した場合には、確定判決と同一の効力を有します。

(3)訴訟・強制執行

交渉や調停で合意に至らなかった場合は、退去するように訴訟を提起することになります。

勝訴判決が得られれば、当該判決に基づき強制執行を申し立てることになります。

(3)断行仮処分

訴訟から強制執行の完了までには年単位の時間を要するため、より迅速に退去させる必要がある場合には、裁判所に断行仮処分を申し立てることも考えれます(民事保全法23条2項)。詳しくは弁護士にご相談ください。

著者のイメージ画像

G&S法律事務所
小里 佳嵩(Yoshitaka Ozato)

弁護士法人G&S法律事務所 代表社員・弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。2014年弁護士登録(第二東京弁護士会)。TMI総合法律事務所勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。主に、スタートアップ法務、医療法務、不動産・建設法務、労働問題、一般企業法務等の分野を扱う。主な著書として、『建設・不動産会社の法務』(中央経済社・2016年、執筆協力)、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、編著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、編著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。