医療法人における承継の方法

目次

1 個人診療所の承継

個人診療所の第三者承継については、「事業譲渡」とよばれる方法を利用するのが一般的です。事業譲渡とは、診療所の運営に必要な資産・負債をまとめて譲渡する行為をいいます。

事業譲渡では、承継対象とする資産・負債の特定、譲渡価格の決定、事業譲渡契約の締結、譲渡後の行政手続・従業員との再雇用という流れで手続が進みます。

事業譲渡は単なる資産・負債の包括的な譲渡に過ぎませんので別途保健所での診療所の廃止・開設手続、厚生局での社会保険医療機関の指定申請手続などを行う必要があります。また、単なる資産・負債の譲渡のため、原則として病床の権利については承継できるとは限りませんので、このような場合には譲渡側が医療法人を設立してから法人運営を譲受側に承継するという手続をとる必要があります。

事業譲渡の方法では、不動産が対価の大きな割合を占めることになりますが、譲受側の資金力なども考慮して、土地建物のいずれも譲渡する方法のみならず、建物または土地のみを譲渡する方法などを検討する必要がある等、会計・税務・行政手続に関する専門的知見が必要となりますので、専門家に相談することが重要です。

2 医療法人の承継

医療法人の場合、出資持分がある医療法人か出資持分のない医療法人かによって承継方法が大きく異なるので、それぞれについて説明いたします。

(1)出資持分がある医療法人

出資持分がある医療法人については、①出資持分譲渡、②出資持分払戻、③合併、④事業譲渡の4種類の第三者承継の方法が考えられます。事業譲渡や合併と異なり、保健所や厚生局での診療所の開設・廃止などの行政上の手続は必要なく、簡便であることから出資持分がある医療法人では①出資持分譲渡、②出資持分払戻の方法を採用することが一般的です。

①出資持分譲渡

出資持分譲渡とは譲渡側が有する医療法人の出資持分を譲受側に譲渡する方法をいいます。出資持分の譲渡により譲受側は医療法人の社員となることができ、理事などの役員を選任する権利を取得することで医療法人の経営権が取得します。

②出資持分払戻

出資持分払戻とは譲渡側の社員が医療法人を退社して出資持分の払戻を受け、他方で譲受側が医療法人に社員として入社する方法をいいます。退社により譲渡側が社員の地位を失い、他方で入社により譲受側が社員の地位を得ることで医療法人の経営権が移転します。

③合併

合併とは2つ以上の法人を契約により、1つの法人に集約・統合させる組織再編行為をいいます。

事業譲渡とは異なり承継する医療法人の資産・負債を包括的に承継することになります。なお、医療法人の合併については都道府県知事の認可が必要とされています。

④事業譲渡

個人診療所の場合と同様に事業承継の方法を利用することも可能です。ただ、医療法人の場合であっても単なる資産・負債の包括的な譲渡に過ぎないので、譲受側で新たな病院・診療所の開設手続が必要となる点も同様です。

(2)出資持分がない医療法人

出資持分がない医療法人では出資持分の譲渡による承継方法を利用することができないため、出資持分の譲渡を介することなく社員・理事・監事等の入れ替えを行うことで経営権を移転させるという手法が利用されます(①退社入社方式)。このよう方法であれば、出資持分譲渡と同様に保健所や厚生局における診療所の開設・廃止などの行政上の手続は必要なく、このような手法によることが一般的です。

また、その他にも、②合併、③分割、④事業譲渡の方法による承継方法が利用可能です。

①退社入社方式

出資持分の譲渡を介することなく社員・理事・監事等の入れ替えを行うことで経営権を移転させるという手法です。

この場合、出資持分の譲渡という方法で譲渡側に承継対価を交付することができませんので、この方法では承継対価の交付に関して工夫が必要です。この点、譲渡側は医療法人の役員に就任していることが一般的であるところ、承継による退職の際に役員退職金をもって承継対価とすることが一般的です。また、その他の承継対価の交付方法として、診療所の土地建物を個人が所有している場合に医療法人などへの譲渡する対価を充てる方法、医療法人設立の際の基金の返還・譲渡を利用する方法なども考えられます。

②合併

出資持分がない医療法人の場合であっても、合併により承継を行うことが可能です。なお、この場合であっても都道府県知事の認可が必要な点については同様です。

③分割

譲渡法人の一部の事業の権利義務のみを包括的に譲受法人に承継させる組織再編行為をいいます。分割は出資持分がない医療法人のみに認められた方法で、出資持分がある医療法人では利用できません。

なお、合併と同様に分割の方法についても都道府県知事の認可が必要とされます。

④事業譲渡

出資持分がない医療法人についても事業譲渡の方法を利用することが可能です。ただ、同様に医療法人の場合であっても単なる資産・負債の包括的な譲渡に過ぎないので、譲受側で新たな診療所の開設手続が必要となる点は変わりません。

以上のとおり、承継の方法は病医院の形態に応じて利用可能な方法が異なるところ、各方法のメリット・デメリットを踏まえた方法で適切に検討する必要があります。また、各方法の手続においては専門的な知見が必要となりますので、専門家に相談しながら慎重に手続を進める必要があるでしょう。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。