医療機関における問題社員(モンスター社員)への対応

医療機関においても、無断欠勤・遅刻を繰り返す、ミスが多い、協調性がなく問題ばかり起こす問題社員(モンスター社員)への対応を迫られる場面は数多く存在します。このような問題社員については能力不足や、他の従業員との協調性の欠如、業務命令の軽視・無視や無断欠勤・遅刻を繰り返すなど様々なバリエーションがあります。

問題社員(モンスター社員)を放置すると、他の優秀な従業員のモチベーションが低下したり、最悪退職したりしかねません。

以下では、このような問題社員(モンスター社員)への対応について解説いたします。

目次

1 問題社員(モンスター社員)とは

「モンスター」を冠する単語としては、医療機関では「モンスターペイシェント」が良く話題に上がりますが、一般的に「問題行動を起こす」という趣旨で使われているものと思われます。なお、モンスターペイシェントの解説や対応については「モンスターペイシェント対応」をご覧ください。

「モンスター社員」についても厳密な定義があるわけではありませんが、同様に問題行動を起こす社員という意味で使われています

なお、医療機関は会社ではないので、「問題医師(モンスター医師)」、「問題看護師(モンスター看護師)」、「問題スタッフ(モンスタースタッフ)」などと呼称すべきものかもしれませんが、「問題社員」、「モンスター社員」の方が良く利用されていますので、本コラムではこちらの表現を利用しています。

2 問題社員(モンスター社員)の種類

(1)規範意識の欠如

問題社員のケースとして比較的多いのが、上司の命令に従わない、遅刻・欠勤が目立つなど守るべき社会人としてのルール・規範を遵守する意識が欠如している場合が挙げられます。このような問題社員を放置することは職場全体の規律を維持できなくなる可能性がある点で適切かつ早急な対応が必要となります。

(2)能力不足

業務の効率が悪い、ミスや不注意が多い、業績を上げられないケースも問題社員の典型例です。しかし、患者の生命や身体を扱う医療機関において「ミス」や「不注意」は重大な結果に繋がりかねません。

本人に悪意がない場合が多いですが、放置してしまうと優秀なスタッフのモチベーション低下にも繋がりかねませんので決して放置することはできず、適切な対応が必要となります。

(3)協調性の欠如

仕事である以上、特に医療機関においては他のスタッフとのチームで働くことが要求されます。

しかし、他の従業員に対して非協力的、攻撃的などの理由により協調性がなく、チームとしての生産性を低下させてしまう場合も問題社員の典型例といえるでしょう。本人の能力に問題がなかったとしても、このような場合も放置してしまうと更なるチームワークの低下を招きかねず適切な対応が必要とされます。

(4)その他の問題社員

その他にも問題社員の類型には幅広いバリエーションが存在します。パワハラやセクハラ的な言動が目立つ場合勤務状況は問題なくても社内不倫や犯罪に手を出してしまう場合など枚挙にいとまがありません。

いずれにしても事案に応じた適切な対処を怠れば、前例として問題社員が許される空気が醸造されてしまい、職場全体の規範意識や生産性を低下させてしまう原因になりかねず、迅速かつ適切な対応が望まれる点について変わりはありません。

3 問題社員(モンスター社員)への対応における注意点

前述のように問題社員については迅速かつ適切な対応が望まれますが、労働基準法や労働契約法などにおいて厳格な規制が行われているため問題社員だからとすぐに異動・降格・解雇などの処分を行うことはできず、慎重な検討が必要となります。また、問題社員に対して、すぐに解雇などの性急な対応を行ってしまうと、「解雇規制」が厳格であることを逆手にとり、医療機関に対して多額の金銭支払いを要求されるケースも少なくありません

すなわち、問題社員については適切なプロセスを経て、段階的な対応を行うことが重要となります。

以下、問題社員への対応の具体的なプロセスについて解説いたします。

(1)業務指導や教育活動

社員に問題がある場合には教育・指導を行うことが事業主の責務として求められています。

そのため、問題社員がいる場合、まずは問題点を指摘して改善を促す、能力不足がある場合には能力不足を改善するために指導・助言や教育活動などを行うことが重要となります。もし問題がある場合でも個人の責任として切り捨てるのでなく、まずは組織課題として取り組むことが重要です。

このような業務指導などについては口頭でのみ済ませるのではなく、事後的に言った言っていないのトラブルを回避するために書面などで明示的に行うことが重要です。例えば、指導を行った日付・内容を書面に整理してまとめておく、メールで指導を行う、さらには、指導理由、指導内容(改善するべき内容、方法等)、指導を行った日時が明記された「業務改善指導書」などを交付し、その写しを保管しておくこと等が望まれます。同様に「始末書」や「誓約書」を提出してもらうということも有効です。

また、指導・教育のために面談を行うことも考えられます。このような面談については問題社員側に録音されていることも想定し、慎重に対応する必要があります。逆に、事業主としては面談の様子の録音等を行い、適切な指導を実施したことの証拠として利用することを検討するべきです。

裁判においても医療機関としてこのような改善のための措置を尽くしたにもかかわらず、改善されなかったという手続・段階を経て、初めてより厳しい減給・解雇などの懲戒処分や配置転換が正当化され得るということを念頭に置いておく必要があります

(2)懲戒処分の検討

上記のような改善のための措置を尽くしたにもかかわらず奏功しなかった場合、不利益を伴う懲戒処分などの人事上の処分の検討のフェーズに移ります。

しかし、懲戒処分についても一般的に戒告・譴責・訓告、減給、出勤停止、降格、論旨解雇、懲戒解雇など不利益の程度により処分の内容は様々です。

この点、懲戒処分を行うためには就業規則において懲戒事由及び懲戒処分の内容を定めておくことが必要となりますが、このような懲戒事由や懲戒処分を就業規則において定めていたからといって無制限に懲戒処分を実施することが認められるわけではありません

問題社員の問題行動の内容・程度に応じた適切な懲戒処分を選択する必要があり、この点は過去の同種の事例や裁判例においてどのような懲戒処分が有効と判断されたか等が参考になります。

また、懲戒処分の有効性の判断においても、事前に改善のための措置が尽くされたのかどうかが審理の対象となるところ、事前の業務指導や教育活動の有無や内容も重要となります。

(3)退職勧奨・解雇

仮に、懲戒処分などにより減給や出勤停止などの不利益処分を行ったにもかかわらず、問題社員の問題行動が解消されない場合、ついにその問題社員に職場を去ってもらうことを検討せざるを得ません。

その場合、解雇が選択肢に上がることになりますが、法律上、解雇は厳格に規制されており安易に解雇を選択することには法的なリスクが伴います。そこで、医療機関としては、まずは自主的に退職を促す退職勧奨を検討するべきでしょう

退職勧奨は問題社員による自主的な退職を打診するもので、退職であれば解雇と異なり事後的に解雇の有効性を争われる等の紛争リスクを回避することができます。

しかし、退職勧奨はあくまで自主的な退職を打診するものです。例えば、長時間にわたり繰り返し退職を強要したり、退職しない場合には不利益処分を行うこと等を示して強硬に退職を迫った場合、仮に当該従業員が退職に同意したとしても事後的に退職の同意が無効と判断されたり、退職勧奨行為が不法行為として損害賠償の対象となりかねませんので注意が必要です。

医療機関としても退職勧奨による退職を促しても、問題社員による改善の意思・姿勢が認められない場合、ついに解雇を検討することになります。このとおり、解雇は簡単に行えるものではなく、あらゆる改善のための措置、手段を講じても改善の可能性がないような場合にようやく認められる最後の手段であることを意識する必要があります

3 一番重要なのは問題社員(モンスター社員)を採用しないこと

このような問題社員への対応をきめ細やかに行うことは非常にコストが高く、そもそも採用において問題社員を採用しないようにしっかり見極めることが最も重要となります。

この点、採用においては能力面だけでなく、人間関係に問題はないか、その医療機関のカルチャー・文化に馴染めそうか等の観点も含めて慎重な検討をおこなうべきです。そのための手段として、本人の同意のもと、かつて一緒に働いた人物に当該候補者の人柄や職務状況などについてヒアリングを行う(リファレンスチェック)実際に一緒に業務を行う他の従業員にも面談をしてもらう試用期間を設けてその適性を見極める機会を設けるなどの対策を講じることが有効かといえるでしょう。

なお、試用期間についても、本採用拒否が自由に認められているわけではない点については注意が必要です。詳細は「医療機関における採用時の注意点」で解説しています。

4 まとめ

以上のとおり、問題社員については職場全体の規律やその他の従業員のモチベーション維持など職場環境を健全に保つためには対応を放置することは望ましくないものの、他方で安易・性急な対応は厳禁であり、まずは業務指導・教育活動などの問題行動の改善から段階的な対応が要求されます。

また、そもそも問題社員を採用しないことが非常に重要となります。

問題社員への対応については、その社員のキャラクター、問題行動の種類に応じた適切な対応を行う必要があります。当事務所では、このような問題社員への対応についても実績がございますので、お気軽にご相談ください。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。